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本業は宝飾店だったブルガリ

1977年に発売された時計が評判になって、おしゃれな人々のあいだでステータスとまでいわれるブルガリウオッチは、スイスのブルガリ・タイム社の製品である。「BVLGARIBVLGARI」(ブルガリ・ブルガリ)と記されたロゴが目印だ。ただ、この時計は副産物でしかなく、ブルガリ家の本業は宝飾店である。1884年、ローマに店を開いたソティリオ・ブルガリが祖で、20世紀に入って息子ふたりとともにヨーロッパ中に名声が響く店に育てあげた。第二次世界大戦後は、創業者ソティリオにちなんで、彼の出身地ギリシャ風の古典主義、イタリアルネサンス風のデザインで、フレンチスタイル全盛のジュエリー界に新風を吹きこみ、それはブルガリスタイルとして、さらに名声を得る結果となった。そうした勢いのなかで発表された時計が「ブルガリ・ブルガリ」だったのだが、この成功で、新たにスイスに時計製造の会社をおこす。現地の時計メーカーとムーブメント製造に関して提携を結んでの、時計産業への本格的な参入である。本業の宝飾でも、ジュエリーにとどまることなく、シルバーウェア、ライター、香水、シルク製品などの小物にまでブルガリスタイルを取り入れて顧客層をひろげつつあり、ジュエラー時代から受け継いだサービス重視のブランド姿勢が客の心をつかんで離さないようだ。

PR活動の効果と裏事情

広告宣伝の効果が明らかに薄れている昨今、売上アップによりつながる有効な活動は、PRではないだろうか。単にイメージ写真を雑誌に掲載するのではなく、ジャーナリストに記事として書かせたり、有名なオピニオンリーダーやいわゆる「セレブ」を動員してブランドをメディアに露出させたり、さまざまなテクニックを使ってブランドの価値を知らしめたりと、コンセプトを宣伝する行為をPRと呼ぶ。広告は企業が直接宣伝するのに対して、PRはジャーナリストやオピニオンリーダーという第三者のフィルターを通している(あるいは通しているように見せる)ので、消費者からの信頼を得やすい。実際は、業界が呼ぶところの「堤灯記事」(あるいはヤラセ)も幅を利かせているが、それでも純粋な広告と比較すると、より高い効果が期待できる。一消費者の目線で見ればよくわかるだろう。日々目にする当たり前の宣伝写真と、一流誌に書かれた記事の信憑性の違いを。純粋な広告宣伝に残された役割は、広報活動によって認知されたブランドネームやコンセプトを消費者に思い出してもらう、あるいは忘れないでいてもらう効果だろう。実際ほとんどの雑誌媒体が営業収入四割程度で、残りは広告収入で成り立っている。だからあなたが有料の広告主になれば、見返りにPR用の記事を掲載してもらえる、という業界独特のディール(取引き)も知っていて損はない。しかも一社で複数の雑誌を扱っている場合は、八百屋のように一山いくら、という具合にまとめてページを売ってくれるので、お買い得になる。PRだけで済めばそれに越したことはないのだが、そこは持ちつ持たれつ、という大人のおつき合い。せいぜいPRあるいはブランドの取材をしてもらおう……。本来プレスあるいはジャーナリストたちはブランドのメッセージを咀嚼し、長年の研究と経験というフィルターを通して、消費者に有益な情報を伝えなければならない立場の人たちだ。

ノーネクタイの装い

カジュアル性を増すためには、ネクタイを外す方法がある。ノーネクタイであれば、考えられるのは季節を問わず、インナーとの折り合いだ。ネクタイという胸の修飾と立体を喪失した分、何かで補わなければならないためだ。何種類かのセーター、シャツ、アスコットタイ、ベストの類である。だが、ジャケットにノーネクタイは、基本的には、どんなコーディネイトにせよ、ネクタイをしないことの言い訳にすぎない。なぜなら、ジャケットとネクタイは一緒に進化してきたもので、単独に進化してきたセーターの類と異なるからだ。ごく普通に述べるなら、カシミアのブレザーの下に、同素材のタートルのセーター、色は好み、フランネルのパンツだが、そんなことを述べても意味がない。ネクタイを外したカジュアルは、配色が勝負になるからだ。ネクタイというものは便利なもので、便利すぎるため、それを外したときの首まわりの処理に困る人が多いのだ。ネクタイがあれば何とかなると考えている人は、ネクタイに頼りすぎて、そのほかの服装を何も考えていない人である。ネクタイを始終締めている人が、ネクタイを外した途端にカジュアル音痴になるのはそのためだ。カジュアル音痴は色音痴、配色音痴を意味する。自分の服装全体への目配り、気配りが効かないのだ。ネクタイを外してお洒落ができる人こそ、本当にお洒落である。